研究室のはなし

研究室での教育方針や考え方,研究テーマの決め方などについて簡単に説明しておきます.

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学生に望むこと

 研究を進めていくうえで(人生を送っていくうえで?)大事なことがいくつかあります.一つは,自分の時間を自分でコントロールすることです.時間はお金で買うことができません.毎日,毎週,毎月の時間をうまく使って有意義な生活を送ってもらいたいと思います.

 私の研究室ではいわゆる「コアタイム」というものがありません.これを「楽だ」と思うかどうかは考え方次第です.コアタイムがあれば(外部からの強制力で)研究に時間をかける習慣が自動的につくのに対し,それがなければ,自分の「強い意思」で研究に向かわないといけないからです.

 コアタイムがあれば毎日一定時間必ず研究と向き合うことになりますから,それだけ研究が前に進む可能性が高くなります.研究が進んで新しいことがわかれば研究が面白くなりますから,自ずと研究に向かいたくなりそこから好循環が始まります.コアタイムがないのをよいことに研究に時間を回さなければ,研究の面白さに気づくことができず,ますます研究しなくなるという悪循環に陥ります.コアタイムを設けることは好循環を入るきっかけをくれるわけですから,ある意味で「優しい」ことです.それに,会社に入れば毎日一定のリズムで働くことになるわけですから,学生のうちからそのような生活習慣をつけておいた方がよいという面もあります.

 話がやや脱線しますが,研究に時間をかけることは不可欠です.研究は時間をかければ進むというものではありませんが(研究には失敗がつきものなので),時間をかけなければ絶対に前に進みません(成功はもとより失敗経験すらできない).成功でも失敗でもよいので何か経験をすれば,そこから得るものがあります.新しいものをつかむと視野が変わります.それまで意識すらしていなかったことにはっと気がつくといったことがおきるのです(その先に何か重要なことがあるかどうかは経験する前にはわかりません.「経験する前の自分」の判断でものごとを決めてしまうと可能性の芽をつんでしまうことになります).スポーツでも楽器演奏でも何でもよいのですが,自分の腕が上がると,下手だったときにはわからなかったこと,気づかなかったことがわかるようになるという経験をした人も多いと思います.研究も同じです.いまはよく理解できなくても経験を積むことによってわかるようになる,そういった積み重ねをしてようやく一人前になれるということです.

 この研究室で対象としているのは人間の知覚や運動の仕組み,つまり,自分自身の身体や脳の仕組みですから,ある意味,朝から晩までいつでも研究のことを考えることができます.「大学から出たら研究のことは忘れる」のではなくて,日常的な出来事についてあれこれと思考をめぐらせていると,いろいろとアイディアが浮かんでくると思います.

 話をもとにもどしますと,そういうことを考慮したうえであえてコアタイムを設けていないのは,自分のことは自分でコントロールする習慣を身につけてもらいたいからです.要は「自分を律する」ということです.「責任を伴った自由」ということもできるでしょう.

 もう一つ重要なことは「原理に立ちかえって物事に対処する」ということです.近年はインターネット上に情報があふれており,わからないことの多くはネット検索で答えを得ることができます.さらに,ChatGPTをはじめとするAI技術の発展が,その傾向に拍車をかけています.そのため「目的の情報をいかにすばやく探し出すか」「AIをいかにうまく使うか」が人の能力をはかるものさしであるかのように思われてしまうことすらあります.しかし,研究の場では,ネット検索で問題を解決することはできません.もしネット検索で答えが見つかるのであれば,それはすでに答えが出ている問題ですから,あらためて研究する意味がありません.また,ネット上にあるツールを使って問題が解決したならば,それはツールを使っているだけであって決して研究していることにはなりません.卒業論文では,自分が解決したい問題を理解したうえで,それをどのような方法で解決するかを原理に立ち返って考えてもらいたいと思います.その過程で,ネット上のツールを「道具」として使うことはまったく問題ありません.問題なのは,道具に振り回されて自分の解くべき問題を見失ってしまうことです.

 もう一つ追加するとすれば「ほかの研究者が敷いたレールの上を走らない」ということです.これは,私が学生時代に自分の指導教員から強く言われたことですが,「世の中に〇〇という方法があるが,これには××という問題があるので,それを△△して解決した」というタイプの研究をするな,ということです.このタイプの研究の問題は,研究の出発点が自分自身の問題意識に基づいていない(つまり,だれかがこれまでに設定した問いを前提にしている)ことにあります.そうではなくて,まず最初に「〇〇という問題を解決することが研究目的である」という出発点があり,その問題の解決を図る中で既存研究のアイディアを参考にしたり,既存研究にはなかったアプローチを探したり,といったステップを踏んで研究を進めるということです.言い換えれば,まずは「自分自身の問い建て」をはっきりさせるということです.

 いろいろと書きましたが,要は「自ら研究を楽しむ」ことがポイントです.「ほかの人が気づいていない問題を見つけてそれをどうやって解決するかを考える」プロセスを楽しんでもらいたいと思います.「これはあたりまえの前提だ」と思っていることが案外あたりまえでなかったりします.

 なお,研究での勉強の仕方や向かい方については独学大全という本が参考になります.その名のとおり「独りで物事を習得するにはどうすればよいか」を書いた本ですが,ものごとの調べ方から時間の作り方,心構えまで広範囲のことが書いてあります.分厚い本ですがとても読みやすいので,一度目を通してみるとよいと思います.その他,研究者が書いたエッセイ本をいろいろと読んでみるといろいろと気づくことがあります.世の中活字離れが進んでいますが,幅広い分野の本を読んで教養を広げることは自分を育てるうえで大事なことです.

卒業研究の進め方

 卒業論文の進め方は学生一人一人と相談しながら決めていきますので,一概にはいえませんが,おおよそ次のような流れです.

 まず,研究室配属の時点で学生の興味のある問題や分野について話をききます.このあと4年生に進学するまでのあいだ,その問題に関する題材をいくつか考えておきます.ただし,昨年に引き続き今年も①楽器演奏に関わる知覚や運動のメカニズムまたは練習支援,②音楽・ダンスに関わる身体コミュニケーションの話題を中心として,知覚や運動に関わるテーマを設定する予定です(哲学にも関わる深い問題を取り上げることも可能ですが,卒研だけでは解決できないので,大学院進学も含めて検討することになります).前期のあいだはそれを出発点として,簡単な例題の解決,文献調査やその方法の勉強などを行いますが,それと並行して,設定した研究テーマの実行可能性について検討します.例えば,設定した問題が研究する価値がないことが判明した場合や,設定した問題が大きすぎて卒業研究で取り扱えないような場合にはテーマを変更します.

 そのうえで,8月ごろ(大学院入試の終了後)にあらためて卒業研究としての目標や目標に向けての道筋を明確して,研究が本格的に始まります.そのあとは目標達成に向けて作業と議論を続けていくことになります.なお,卒研は12月末にまとめるぐらいのスケジュール感で進めたいと考えています.

 研究が順調に進んだ場合は,1~3月に開催される研究会で成果を発表してもらいます(とても順調に進んだ場合は論文執筆に進みます).また,大学院に進学する場合は,卒業研究での検討に基づき,それを継続して検討するか,新しい問題に取り組むかを相談することになります.

研究室の設備

 感覚や運動の仕組みを調べるうえで心理実験・行動実験を行いますので,そのための設備がいろいろとあります.主なものを以下にあげておきます.

 実験に必要な装置は自作することが多いです.最近は3Dプリンタの性能が高いので,機械加工することは少なく,プリンタ業者に設計図を送って試作することが多くなってきました(3Dプリンタは高価なうえ世代交代が激しいのでプリンタ本体を研究室で所有するのは非効率だと思っています).電子回路の製作やマイコンのプログラムミングは実験システムを組み立てるときによく行います.

 このほか計算機シミュレーションをすることもありますが,最近はPCの計算能力が高いため,通常のPCで十分です.また,Google Collaboration のようなクラウドシステムを利用すれば,手許に計算機がなくても様々なシミュレーションやデータ処理が可能です.このようなこともあり,研究室内には計算サーバをおいていません.