#author("2017-12-19T15:24:00+09:00","default:admin","admin")
*古武術のはなし
#author("2019-12-17T21:15:53+09:00","default:ys","ys")
*古武術のはなし [#l9f4979e]
 今年(平成24年)に入って,ひょんなことから古武術の術理に興味をもつようになった(古武術に興味をもつようになった背景には,バイオリンを習いはじめたこととも関連しているが,それを説明し始めるのと長くなるのでここでは割愛する).今年2月にある会合で武術研究家の甲野善紀氏と直接お話しする機会があり,それ以来,武術における身体の使い方について本を読んだり,武術関係者の話を聴いたりするようになった.ここでは,そこで,印象に残ったこと,考えたこと,気づいたことを記しておきたい.

 あらかじめ断っておくが,(大学教員のホームページに書いてあるものではあるが)ここに書いてあることは「科学的な根拠」がある話ではない.研究者の端くれとしては,ここに書いてあることを「科学的に実証したい」と思うが,今すぐにそれを実現することは難しい.少なくとも現時点では,ここに書いてあることには妄想,感想とでもいうべきものといっておきたい.

*ヒトの動きの原則
**''ヒトは動くのが本来のすがた''
*ヒトの動きの原則 [#sa3fca31]
**''ヒトは動くのが本来のすがた'' [#dfb8ee53]
ヒトは動物であるから,動いていることが自然である.逆にいえば,静止していることそのものが目的であることはまれであって,静止している状態はあくまで次に動き出すための準備状態であるということである.例えば,立位というのは,「立っていることそのもの」が目的であってはならず,「どのような動作でも始められる状態」でなければならない.

**''「正しい○○」という原理・原則はない''
**''「正しい○○」という原理・原則はない'' [#mc6cd3e6]
例えば,「正しい姿勢」という言葉には,その姿勢があるべき形・理想であって常にそれを守るべきというニュアンスが含まれているが,本来,あるべき姿勢はそのとき何をしようとしているかに依存して変わるものであるから,「いつも正しい」姿勢なるものはないはずである.同様にして,そのときどうするべきかはそのとき何をしようとしているかによって決まるべきものなので,いつも「正しい○○」というものは存在しない.

**''重力は味方であり敵である''
ヒトは重力の働く世界の中で不安定な立位姿勢を維持していることはヒトの動作を決定づける本質的要因である.重力の作用を利用することで,筋力を使うことなく力を得て運動を行うことができるから,重力はヒトの味方であるといえる.その一方で,二足での立位を維持する(すなわち,転倒しない)ためにヒトは相当なコストを払っており,その点で重力は敵である.「姿勢維持のためのコストをいかにして自分のために使うのか」をつきつめることによって,効率的な動作が実現できる.
**''重力は味方であり敵である'' [#fce94894]
重力の働く世界の中で不安定な立位姿勢を維持していることはヒトの動作を決定づける本質的要因である.重力の作用を利用することで,筋力を使うことなく力を得て運動を行うことができるから,重力はヒトの味方であるといえる.その一方で,二足での立位を維持する(すなわち,転倒しない)ためにヒトは相当なコストを払っており,その点で重力は敵である.「姿勢維持のためのコストをいかにして自分のために使うのか」をつきつめることによって,効率的な動作が実現できる.

**''身体構造を自由に操作する''
**''身体構造を自由に操作する'' [#i2494884]
「歩行」を例にとれば,足の振りと逆方向に腕を振るのが普通の歩き方である.これは,腕の振りそのものは「進む」ことに直接寄与していないにもかかわらず,腕の動きが歩行のために占有されていしまうことを意味している.それに対して,古典的な「ナンバ歩き」では,腕を振らずに足だけで歩く歩き方である.これは日本の古典的な歩き方といわれているが,欧米人であっても拳銃をかまえながら前進・後退するときは,腕をふらずに上体の姿勢を維持したまま足だけで移動を実現していることから,欧米人でも必要な状況が生じればナンバ歩きをやっているということである.いいかえれば,ナンバ歩きは「作業のための歩き方」ということになる(以上の考え方は中島章夫氏による).

このことをふまえれば,ナンバ歩きは,上体と下肢の協調構造を断ち切って下肢の動きを上体と分離した動きであるということができる.このように,その時々の状況や目的に応じて,自己の身体の協調構造を自由自在に組み替えられることがヒトの運動の特徴である.これは,ヒトが非常に冗長な身体構造をもっているからこそ可能な操作である.

**''ちょっとした身体状態の違いが動きに大きな違いをよぶ''
**''ちょっとした身体状態の違いが動きに大きな違いをよぶ'' [#o5eaa67f]
古武術では,「手の内」といって,手指の姿勢を特別な形にすることによって身体全体の働きを変える技がある.つまり,指の姿勢を操ることで身体全体の動きを変えることができるのである.「手の内」に限らず,身体のいろいろな部分の位置や使い方を気をつけることによって身体全体の動きの質が変化することが指摘される.

この事実は,運動に関わる心理実験・行動実験がきわめて難しいことを示している.仮に,座っているときの足の姿勢や位置が腕の動きに影響を及ぼすとするならば,椅子に座って腕の運動に関する行動実験をやるときには,被験者の足の位置や姿勢をきちんと統制しないと,同じ条件でデータをとれないことになるからである.こういうことが本当に起きるのであれば,実験で比較すべき条件の違いよりも,実験とは無関係なそのような因子の違いの方が実験結果に対して大きな影響を及ぼす可能性すらある.

武術家に限らず,身体技能の実践者たちが「(現状の)科学では人間(脳)のことはわからない」といっているのは,彼らがこのような事実を知っているからかもしれない.

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