バイオリンのはなし

楽器と弓の持ち方(その5)

更新がしばらく滞ってしまっていた.別に練習をやめてしまったわけでもなく,日々の気づきがなくなったわけでもない.ただし,日々の気づきを文章で表現することがだんだん難しくなってきたような感じはする.

「楽器と弓の持ち方」というタイトルで記事を書くのはこれで5回目である.これは,私の理解が遅いことを意味しているだけでなく,楽器の持ち方がいかに深い問題であるかを表しているといってよいだろう.これは,本質的には,ヒトの身体の自由度が大きいことに起因していると思う.つまり,弓を握り,また,動かすことに関わる骨や筋が多数にわたっていて,どれをどのように制御するのかという自由度の幅が非常に大きいことに理由があるのだろう.

右手の柔軟性

ひじの動きの感覚にも書いてあるが,弓をもつ右手や右手首が力んでしまわないことはとても重要である.うまく弓が使えないと,何とか弓を操ろうとして右手だけで弓をコントロールしてしまおうとしてしまうが,そうすると,必ず右手首がかたくなって右手の柔軟性を失ってしまう.右手は非常に複雑な緩衝器であり,その一部が固くなるだけで弦にふれる弓の特性が大きく変わってしまうようだ.

右手の柔軟性に関してなかなか身につかないのが第三関節(指の付け根の関節:DIP関節)の動きである.手の力を抜けば,手は軽く握る状態に近づくのが通常であろう.これは,脱力した状態でDIP関節は屈曲していることを示している.そして,手を広げれば,DIP関節は180度に開いてまっすぐな状態になる.したがって,DIP関節はまっすぐな状態から屈曲側に曲がった状態までの範囲で使うのが普通の状態であるといえるだろう.

しかし,左手で右手の指を軽く押してみればわかるように,DIP関節は180度以上に開くこと,つまり,伸展させることも可能である.そして,バイオリンの弓を持つときは,この関節をまさに屈曲側から伸展側まで広く柔らかく使うことが求められるのである.電車のパンタグラフが伸び縮みする感じとでもいえばよいのだろうか,この関節の柔らかさを使うことで弓の上下方向の揺らぎを吸収するのである.

上にも書いたように,普段の生活でDIP関節を伸展側に曲げて使うことはあまりないので,このような関節の動きは経験によって身に着けていくのであろう.

この関節だけでなく,手を構成する様々な関節が柔らかいばねのように機能するのが理想的なのであろう.実際,バイオリンやチェロの名手の手は非常に柔らかいらしい.

腕の重み

脱力についても何度も書いているところであるが,「右腕の重さを使って弾く」という感覚についてはいろいろと気づきがあり,新しい気づきがあるたびにバージョンが少しずつ上がっていく感覚がある.

一つの気づきは「楽器の上に腕の重みを預けてしまう」という感覚である.つまり,弓をもつのではなくて,弓を介して左腕で支えている楽器に右腕を載せてしまう,ということである.最初にこのことに気付いたときは,「こんなに重いもの(腕)をこの楽器に載せてしまった大丈夫か」という怖さを感じと思う.しかし,だんだん慣れてくると,弓が弦にぴったり張り付く感じで,調子がよいような気になってくる.プラスして,down bowでは,重さに任せて右腕が落ちていく感覚で弾けばよく,弓を「引く」力がいらなくなるので,だいぶん楽になる.弓と弦のあいだの摩擦力で弓の動きにブレーキがかかるが,それに任せて弓の動きの速さが決まるという具合いである.もっとも,それだけで音量がコントロールできないので,腕の重さをぐれくらい楽器に預けるのかというコントロールが求められるようになるが,これは次のステップである.

指のバランス

腕の重みに関連して,もう一つ,最近気づいたことは「弓のどこに腕の重みをかけるのか」ということである.

弦に弓の力をかけるには,少なくとも,次の二つのやり方が考えられる.一つは,弓を支えている親指と中指を(動かない)支点としてとらえて,人差し指の力を弓を下側に押す(左回りのトルクをかける)ことで,弦に力を及ぼす方法である.もう一つは,弓に回転トルクが生じないようにうまく弓を握りながら,親指と中指が支えている部分を力点として弓全体で弦に下方向の力を及ぼす方法である.

上からの話の流れから想像できると思うが,この二つのとらえ方のあいだでは,後者のとらえ方の方が望ましいのだと思う.前者のやり方では,弓に左回りのトルクを与えるのに,手首を固くして手指の筋の力を使うか,あるいは,前腕の回内のトルクを使うかどちらになるが,どちらにしても手や手首には力が入るので,上にかいたダンパ,あるいはショックアブソーバとしての手の機能が落ちてしまうのであろう.

一方,後者の場合は,弓を支えている親指と中指そのもので下向きの力を感じるので,弓を回転させるための力がいらない.ただし,弓が回ってしまわないようにするために,手全体で弓をうまく支える必要があるだろう.そして,このときにまた手や指のばね的な特性が有効に機能しているに違いない.


Last-modified: 2019-10-22 (火) 11:13:15